別邸

カード会社から毎月送られてくる会員誌。
表紙に書かれた「デュアルライフのススメ」に目が留まった。

いいじゃない、デュアルライフ。
二拠点生活でしょ、何か楽しいヒントが‥

ページをめくる。
ん、ゴールドコースト。
コンドミニアム、ホテル、レストラン‥
え、サーフィンスポット?
うーむ
日本との時差が1時間だから行き来が容易、なんですと。
おーい、ちょっと!

そうだよな。
こういう特集は「届きそうで届かない」が昔からお決まりだったよな、ウンウン。
いやいや、このご時世だ。
すぐに手が届きそうな読者が結構いるということか。
いずれにしても、ご縁のないハナシなのだけは確かなことだヮ‥

ところで、その「デュアルライフ」に釣られたのは、先日聞いた話を思い出したから。
その話とは、箱根に小さな別邸を持った女性のこと。

この女性は特別の資産家ではない。言ってみればフツーの人。
その別邸とは、随分と築年数の経ったリゾートマンション。
リゾート物件の例に漏れず、手の届きそうな価格。十数年ほど前には壱百万円台で売買されていたことさえある。もちろんその後価格が戻り、今はその限りではないけれど。

でもちょっと他のリゾートマンションと違うのは、設計者。
あのフランク・ロイド・ライトからアントニン・レーモンドという系譜に連なる日本人建築家による建物だということ。
そして、この方の下から多くの住宅系建築家が輩出し、それが現在にまで繋がっている。つまり現在活躍している良心ある建築家たちの始祖といえる人物だ。

例えば冒頭の写真は、そのマンション内の各住戸へと向かう開放廊下のもの。
しかし玄関は並んでおらず、面格子付きの居室窓も見当たらないのはなぜか。
実は、この廊下は住戸2フロア分の中間に位置している。
つまり、開放廊下が存在しつつも、廊下側居室の窓が廊下に面さずに解放されている。
そして、廊下に面する各階段室を半階分昇降することで上下階の各住戸にたどり着く仕組み。
余計なモノのない、なんと清々しい廊下。
そして照明は低い位置にある。下部だけが照らされた通路を歩くのは気持ちが良いのダ。

一部だけ見ても、このように細やかな工夫がなされた稀有な建物。
ちなみに、この建築家が設計した集合住宅は他に聞いたことがない。
だから余計に、手を入れて住み継ぐ意思を持った住まい手が現れる。
この女性もその一人なのだろう。

ところで別荘、いや別邸にはいつでも行けるわけでない。
せっかく持っているのに‥。
ついフツーのひとは考えてしまう。コスパ、わㇼーじゃん。

でも、行けない!イケナイ!と焦ることはない。
そこにあること、いつでも私を待っていること。それが日々を豊かにする。
別邸での暮らし、今度飾りたいモノなどを夢想してウキウキする時間。
行けないからこその、心の遊ばせ方もある。ということだろう。

ふーん、なるほどね。

樹々が茂り、草の薫りが濃い郊外。
都心に近い、別荘みたいな郊外。
そんな場所で、リフォーム済マンションを手掛けるボク。

ある意味、正真正銘の別荘には敵わないけれど‥
でも、ここは別荘かもしれない、と思える住まい。
それも無理なく手が届き、無理なく暮らせる住まい。
そんな住まいを、ひとつでも送りだすことができたら‥
そんなことを思う今年の始まり。