いただきます、がききたくて。

「和室の暗い押入が抜けると、台所だった」
文学的に描くとこうなる(どこがだ?雪国か‥)

「部屋の底が白くなった」
文学的に‥(しつこい!雪でなく、石膏ボードが散ったのか‥)

つまり、和室にあった押入の壁を突き破るとキッチンが現れた、ということ。
上の(リフォーム後の)写真は、今はダイニングエリアとなっている元・和室側からキッチン方向を見たもの。

行燈部屋だったキッチンに、窓外の光と緑の景色がつながった。
ここまでは既定路線だ。
さて、それからどうする。

ようこそ、「酒亭 いけだや」へ‥
ということで、毎晩一組だけをもてなす料理屋をつくることにした。
ハハハ、そんな訳はないけれど。

ちょっといいじゃないですか、この距離感。
作り手の顔は見えるけれど、手元は見えない。
一線が引かれた感じ。
向かって右側には落ち着く程度に袖壁を出して、上部が縦格子だから圧迫感がない。

一般的なプランだと、キッチン天板を延長したテーブルにハイスツールの組み合わせ。
それはそれで軽快な雰囲気が魅力的だけど、もう少しなんかこう‥

そこで、しっかり足を着けて座る椅子とそれに合う高さのカウンターテーブルに。
その先にはもう一枚のカウンター、惣菜を盛った大鉢でも並べてみたら‥
どうでしょう、小さな料理屋のようではないですか。

なんて言いながら、テーブルの上下左右に電源を用意した。
だって、酒亭みたいに使うわけないじゃん。
キッチンにいるお母さんのそばで子供が勉強するのにいいですよ。
レンジフード壁の前はPC開いておくのに良いですね。
なんて、営業が言うのがふつうじゃないか。

と言いながらカウンター下にも電源付けているのは、小型のワインセラーを置けるように。
そしてもっと言うと、上部電源はビールサーバーを置けるように。
そうそう、小料理屋というより居酒屋で見掛けるレイアウトだ。客席側にサーバーが置いてある、気取らない大衆酒場。
そんなイメージを捨てきれないボク、それでやたら電源をつけたというわけ(これはすべて妄想です)。

そういえば、この住戸を購入いただいたご家族との会話の中で、
「それじゃ、ビールサーバーでも置こっかな(笑)」とご主人。
うふふ、もしかして「酒亭 〇〇へようこそ」ってなるか!
なんて勝手な想像を膨らませていたのも、ボクひとり。

ところで、この表題。
どこかで聞いたことのあるような、ないような。

そう、栗原はるみさん。
ご存知、料理家の彼女が初期の頃に出した料理本なのだ‥

なのだ‥
と見せかけておいて、セイカイのハンタイ。
本家本元の書籍名は「ごちそうさま、がききたくて」

オイラのは、作りながら、食べながら、話しながら‥
そんなイメージでつくったキッチンとカウンター。
だから「いただきます、をききたくて」
なんちゃって。

そう言えば昨年、栗原さんが語る連載記事が新聞にあった。
下田育ちのはるみさんが、別荘に来ていたご主人に見初められた話や、
ご主人を失くした頃、偶然知った佐野元春の曲を聴いて元気になった話、
是非本人に会いたい願いが叶い、自宅訪問を受けたらカッコ良すぎて腰引けたハナシなど‥
(昨年末の紅白にもおじさんチームで出ていたが、たしかにカッコ良すぎだわ‥)
飾らない伸びやかな感じが、彼女のレシピと同じだと納得した次第。

また更に余談の余談だが、魚屋(卸?)に嫁いだ娘さんによる連載(たしか季節と魚と料理だった)を随分以前に読んだことがある。当時、好感の持てる方だなと感じていたのが、今回この家庭にしてこの娘、なるほどナルホドと思う。

「ほんとうにいい人ね、いい人はいいね」
こちらも同じく文豪の作品から、(今度は)変えずにそのまま拝借した(笑)。
こんな風に言えたら良いと思う。
さて、どの作品だか、お覚えだろうか。

別邸

カード会社から毎月送られてくる会員誌。
表紙に書かれた「デュアルライフのススメ」に目が留まった。

いいじゃない、デュアルライフ。
二拠点生活でしょ、何か楽しいヒントが‥

ページをめくる。
ん、ゴールドコースト。
コンドミニアム、ホテル、レストラン‥
え、サーフィンスポット?
うーむ
日本との時差が1時間だから行き来が容易、なんですと。
おーい、ちょっと!

そうだよな。
こういう特集は「届きそうで届かない」が昔からお決まりだったよな、ウンウン。
いやいや、このご時世だ。
すぐに手が届きそうな読者が結構いるということか。
いずれにしても、ご縁のないハナシなのだけは確かなことだヮ‥

ところで、その「デュアルライフ」に釣られたのは、先日聞いた話を思い出したから。
その話とは、箱根に小さな別邸を持った女性のこと。

この女性は特別の資産家ではない。言ってみればフツーの人。
その別邸とは、随分と築年数の経ったリゾートマンション。
リゾート物件の例に漏れず、手の届きそうな価格。十数年ほど前には壱百万円台で売買されていたことさえある。もちろんその後価格が戻り、今はその限りではないけれど。

でもちょっと他のリゾートマンションと違うのは、設計者。
あのフランク・ロイド・ライトからアントニン・レーモンドという系譜に連なる日本人建築家による建物だということ。
そして、この方の下から多くの住宅系建築家が輩出し、それが現在にまで繋がっている。つまり現在活躍している良心ある建築家たちの始祖といえる人物だ。

例えば冒頭の写真は、そのマンション内の各住戸へと向かう開放廊下のもの。
しかし玄関は並んでおらず、面格子付きの居室窓も見当たらないのはなぜか。
実は、この廊下は住戸2フロア分の中間に位置している。
つまり、開放廊下が存在しつつも、廊下側居室の窓が廊下に面さずに解放されている。
そして、廊下に面する各階段室を半階分昇降することで上下階の各住戸にたどり着く仕組み。
余計なモノのない、なんと清々しい廊下。
そして照明は低い位置にある。下部だけが照らされた通路を歩くのは気持ちが良いのダ。

一部だけ見ても、このように細やかな工夫がなされた稀有な建物。
ちなみに、この建築家が設計した集合住宅は他に聞いたことがない。
だから余計に、手を入れて住み継ぐ意思を持った住まい手が現れる。
この女性もその一人なのだろう。

ところで別荘、いや別邸にはいつでも行けるわけでない。
せっかく持っているのに‥。
ついフツーのひとは考えてしまう。コスパ、わㇼーじゃん。

でも、行けない!イケナイ!と焦ることはない。
そこにあること、いつでも私を待っていること。それが日々を豊かにする。
別邸での暮らし、今度飾りたいモノなどを夢想してウキウキする時間。
行けないからこその、心の遊ばせ方もある。ということだろう。

ふーん、なるほどね。

樹々が茂り、草の薫りが濃い郊外。
都心に近い、別荘みたいな郊外。
そんな場所で、リフォーム済マンションを手掛けるボク。

ある意味、正真正銘の別荘には敵わないけれど‥
でも、ここは別荘かもしれない、と思える住まい。
それも無理なく手が届き、無理なく暮らせる住まい。
そんな住まいを、ひとつでも送りだすことができたら‥
そんなことを思う今年の始まり。