ご安全に!

夏の日曜日の午後、誰もいない工事現場に立ち寄りました。

と言っても知らない建物への不法侵入ではありません。物件の購入からリフォーム工事までをご一緒している方の現場です。

既に備え付けられ(養生をされた)キッチンの上には、おやつ(「皆さんでどうぞ」と‥)が置かれています。この週末は、施主支給の器具をお持ちいただく期日でしたので、職人のために置いていって下さったのでしょう。

まだ養生やパテの跡だらけの室内に目を遣ると、あっちの方にドラえもんがちょこんと座っているではありませんか。近寄ってみると、ここにもメモが添えられており、

「おはようございます。今日も一日、ご安全に!」

とあります。なんとニクい心遣い‥。殺伐とした(実はそんなことないが‥)週明けの現場で、いかつい職人さんが(実は優しい男前だが‥)ふと頬を緩める姿が目に浮かぶようです。それにしても、ドラえもんが工事現場にまで現れるのは、ここ多摩丘陵に藤子・F・不二雄さんが長く暮らしていたことが関係して、いないか‥。

ところでこの「ご安全に!」は、長きに亘り製造・建築現場で交わされる挨拶のことば。導入時期は大正、戦後と諸説ありますが、明治時代にドイツから持ち帰り、原語のまま使われていた「Glück auf!(グリュックアウフ/ご無事で!)」に由来するようです。日本と同じく近代化を急ぐドイツを支え、危険と背中合わせで地下の坑道に潜った炭鉱夫たち。互いの無事を祈り、そして無事を称えただろうその言葉が、時空を越えて今も生きているのですね。

さて、このドラえもんには後日談があります。ポケットを押すとおしゃべりするドラえもん、あまりに可愛いし(自分宛の?)メモ付なものだから、職人さんはすっかり貰い物だと思い、自分の娘のために持ち帰っていたのです。

ところがこのドラえもん、はるか昔に友人から贈られた大切なもので、他所に連れて行かれるのは想定していなかった。‥らしく、ドラがいないと大慌て。職人さんのお嬢さんに渡ったドラを「申し訳ないが返して欲しい‥。代わりに〇〇差し上げるから‥」と。

そこで思うのは、そんな大事なものを(わざわざ)現場に置いてくださった彼女の気持ち。顔の見える現場を心掛けていたことが、何らかの形で伝わっていれば、と嬉しく思ったものです。

そうは言ってもねぇ‥。「ナニ、大人げないこと言っているのよー。お嬢ちゃんにあげればいいじゃない!」と同僚に言われ、シュンとしたとかしないとか‥(笑)。いえいえ、いくつになってもそんな気持ちをお持ちの方だから、我々も楽しく安心してご一緒できるのですよ。フフフ。

お客さまに恵まれていると、つくづく思います。物件検討からリフォームまでをご一緒していただく方々はもちろん、ウチでリフォームして販売する(チョット、クセアルヨ‥)物件を喜々として選んでいただくみなさんも、有難うございます。

さすがに夏の名残りも見つけにくくなったこの頃。多摩丘陵では、未だ頑張る蝉(せみ)や蜩(ひぐらし)の声は日々小さくなり、主役はコオロギたちに。穏やかな陽射しと、心地よい風が吹く季節の到来ですが、そんな良い日は思いの外少ないもの。目を凝らして、見逃さないようにしたいものですね。

不安定の中を

Allowed by Studio GHIBLI

三次元空間を行く飛行機が、なぜ安定して飛べるようになったのか‥。

空の歴史のなかにも、我々が日常生活を飛び続けるためのヒントがある。

それを知ったのは、ずっと以前に故・児玉清さんの文章に触れたのがきっかけでした。更に言うと、児玉さんが紹介する「不安定からの発想(佐貫亦男著)」という書物に遡ります。航空宇宙工学の先生の手によるものであるけれど、読み進めばナルホド、これはダ・ビンチの夢想から始まる約四百年に亘る黎明期の話であると同時に、我々の暮らしへのヒントでもあるのではないかと。

航空機時代の夜明け前、(鳥人間や気球の時代を経て)空に挑む者たちが目指したのは、乱れる気流にも揺るがない強さと安定性を持つ飛行機。しかし、安定を目指せば目指すほど、一旦コントロールを失うとその安定性が仇となり、落下の危険性が増してしまう。

そもそも、小さな飛行物体が激流に抗することができると考えることに無理があるといいいます。不安定であることが当たり前。それを受け流しながらその不安定状態をコントロールする、即ち積極的に上下左右へ操縦することで安定を得ているのです。そして機体は剛でなく柔でなくてはならないと。

そのような、不安定を制御するという考え方に転換したことで、空の時代の幕が開けたのだといいます。それを開いたのがあのライト兄弟‥。この兄弟を中心に、その前後に登場する先駆者たちそれぞれの理論や人間性を絡めて、時代を描いた読み物です。

ちょっと話は逸れますが、納得したことがひとつ。普段乗るジェット機の窓から覗いた主翼(とそこについているエンジン)は、いつ見ても絶えずたわんでいて、そのうちボキッと折れてしまうのではないかと常々不安に思っていたのです。どうやらそれは杞憂だったようで、この柔らかさこそが安定した飛行に必要だとのこと。敢えて揺れるように設計されているので、そんなことでは壊れないのだと(ヨカッタ)。

話を戻すと‥。ボクは小さな会社(の体裁をした個人事務所)の操縦桿を握っていて、どこにも属さない不安定な立場。そのボクが会社を辞めてひとりで歩き出した頃に、この「不安定の中で安定する」という考え方に出会いました。

以来歩き続けるなか、先が見えなくて足元が覚束なく、フワッと宙に浮いたように(うーん、例えるなら遊園地の乗り物が宙で反転した瞬間の無重力のような‥)感じる瞬間が何度かあったけれど、そのたびにこの言葉を思い出します。不安定で当然なんだと思い込むことで、「待てよ、いま倒れることはない、まだ時間はあるさ」と持ち直す。そう、上空に例えるなら、まだ速度や高度もあり、コントロール次第では航行を継続できる(かもしれない)から、と。

考えてみれば、いつの時代も世界は安定なんてしていないのかもしれません。ましてや、昨今は自然環境だけでなく社会的環境も、ものすごいスピードで変わり続けているのですから。

だからといって、「環境に合わせて変化し続けよう」なんて相当しんどいハナシ。ダーウィンさんは「唯一生き残ることができるのは、(強い者ではなく)変化できる者である」というけれど‥。変われない時、変われないことだってあるんだから。

敢えて言うなら、周りが変化することに焦ったり、必要以上に恐れたりしないということか。そう諸行無常、同じ状態でありつづけるものはない。だから、現状に固執せず、流れを受けて、剛より柔でいきたいものです。

壁に華あり

中古マンション(区分所有建物)を取得してリフォーム実施後に販売する事業、これは一般的に買取再販と呼ばれます。買取再販事業に係る不動産取得税への減額措置が存在するくらいですから、(お役所にも少なくとも)事業として認識されているようです。(もちろんこの減額措置は、最終的に消費者負担の軽減が目的で、業者のためではないですが‥)

一般的に、この買取再販で好まれるのは駅近で築浅の物件。「不特定多数に向けて販売する」わけですから、需要が多そうな物件を選びたいのは当然です。間取りについても、誰もが許容できるものが良い。新築時の間取りを(敢えてお金を掛けて)変更する必要はない、と考えるのが普通です。

そのようにして新築時の(よく言えば普遍的な)間取りのままに、内装材を一新した「リノベーション済住戸」が誕生するわけです。

そういうボクも10年以上に亘ってこの業務に携わっています。「光と風が抜ける住まい」を(少しでも‥)実現するために、物件を選び、プランを検討してリフォームを行っています。

ところで、ウチの場合「業者は駅近で築浅の物件を好む」という王道からずいぶんと外れた位置に立っています。つまり駅近物件は少なく、築浅の建物にもご縁がないということ。その代わり、光と風が抜けたり、樹々が茂ったり、(年月を経て)落ち着いた佇まいを見ると喜ぶのです。それに加えて(以前からお話していますが)共用廊下に居室が面する物件もあまり好まないし、部屋数を減らす間取り変更も厭わない。

となると、不特定多数に広く訴求できず、検討対象者は限られます。であれば、せめて間口を広げるために内装は出来るだけシンプルにしておくのが基本方針。なのですが、時にはそれでは飽きたらず、ちょっと色のついた住戸をつくることも‥。

上の写真もそのような事例です。50㎡程度のコンパクト住戸を「古いアパートメントを自ら改装して暮らす」イメージでリフォームしたものです。(要は、設備の一部を残して新旧を擦り合わせてみた、ということデス)

小さなダイニングキッチンの窓外に広がるのは、公園の樹々。その溢れる緑が室内にまで繋がっていたら…。ついついそんな想いで、植物をモチーフとする壁紙を貼ってしまいました。場所はダイニングの壁一面(袖壁と下がり壁でできた、門型の壁)。ちなみに裏側は単色ですが、グリーンです。

よく知られたウィリアム・モリスを始め、草木からインスピレーションを得た壁紙は、表情豊かでページをめくっていても飽きません。でも奥が深そうで、自ら選ぶとなると話は別です。だって、言ってみれば花柄ですよ‥。

ということで写真の壁紙、実はボクが選んだものではありません、悪しからず…。

「やっぱりプロに任せてよかったわー、オイラが選んだアレを貼っていたらどうなったことやら…」(心の声)