自由帳だから

ARMSTRONG by Torben Kohlmann

新聞に載っていた投書をひとつ‥。

子どもが「今流行りのアニメの主人公が上手く書けたよ」と、学校に持っていっている自由帳を見せてくれた。どれどれ、その前のページは‥、と開いてみるが白紙。その前のページも白紙だった‥。不思議に思って聞いてみると息子は、「パッと開いたページに何も描いていなければ、そこに絵を描くんだ」との答え。なぜ?と問うと、「自由帳だから」。

そうか、自由帳か! と、投書をした親御さんは膝を打ったわけで‥。

確かに常識というか思い込みにとらわれて、そんな伸び伸びとした発想がなくなっている自分にも気づく。たしかに、ノートの端から順序良く、お行儀よく描き込んでいったボクのアイディア帳には、窮屈なアイディア(とさえ呼べない‥)が並んだまま、お蔵入りしているものもあるし‥。

仕事にも、思い込んで変わらないことがあるのかも知れない。不動産流通やリフォーム工事に係る業務にも定型がある。業務に関わる皆が、定型をトレースするように、暗黙裡に淡々と仕事が進んでいくのだ。こうするのが当たり前だと言わんばかりに。

仕事を円滑に進めるための定型①と、定型があることで発想まで固まってしまった故の定型②。きっとその両方があるのだろう。無駄なく漏れなくスムーズに進めるために確立されてきた定型①は良い。けれど、もう考えなくてもスイスイ進むからと、発想の発露なき定型仕事②に慣れてしまうとちょっとツマラナイ感じ(もちろん業務内容によっては、その限りでないだろうが‥)。

たしかに、規模の大きい会社は多くの社員が働いているのだから、定型を定めてクオリティを一定に保つ必要がある。このことはウチでお会いするお客様もたびたび指摘すること。組織の安心感を背景とした良い面と、それと表裏一体の少し物足りない面が共存しているのだろう。

話しは少し変わるが、僕が関わる不動産流通と建築(リフォーム含)の二つの業界は、とても近いところに存在するように見えて、その間には深い(かどうかは分からんが)溝がある。どちらも専門性の(比較的)高い業務であり、属人ベース(もしくは会社ごと)ではどちらか一方の業務に特化している故に、交わりそうで交わらない。だから顧客は、不動産部屋で用事を足して、それから建築部屋の扉を開けることになるのだ(扉なんぞ無い、風の抜ける会社もモチロンあるが)。

そんな中で例えば、不動産と建築を繋いだり、家具製作からリフォームに展開したり‥。そんな風に様々な個性が、日々小さな越境をして活動しているのを見掛ける。(建築界隈の中だけのハナシだから)大移動ではないけれど、それでもそんな小さな越境が、ちょっと面白い目線を与えてくれたりする。

不動産はこう、リフォームはこう、と杓子定規に考えないで、いろいろな活動を(している人がいることを)知ってみると面白いかもしれない、と思う。なんて‥。

もっともそんなことを言う僕自身は、自由帳の扱い方さえ覚束ないのではありますが‥。

Facebooktwittermail