新しき革袋に

多摩川に程近い城南地区に住む知人と会うには、川に沿って延びる南武線沿線が好都合。ということで東急線と交差する駅へ。開発が進んだ駅前では、ニョキニョキ生えるタワマンに見下ろされる。散歩気分のオイラはサンダル履きでやって来たものの、オシャレに変貌した街にちょっと場違いな感じか?

都心駅ビルでも郊外ターミナルビルでも、どこにも並ぶ似た店舗群。そんな既視感のある商業ゾーンを抜けて外に出て、きょろきょろとビルの谷間を探す。ひっそりとしたあの路地あたりが待ち合わせの場所だろう、小径にするりと滑り込んだ。

夜になると賑わうのだろうその界隈にも、昼間から開けている店をぽつぽつと見掛ける。既に数組の客が杯を傾けながら楽しそうに談笑している様子は夜と変わらない。店内は昼間の陽射しと比べると薄暗く、いや昼間だからこそ、その暗がりに居場所を見つけた気分になるというものか‥。

まっさらなキャンバスに描かれたマチも良いが、ボクは横丁のある風景にも親しみを感じる。学校からの帰り道には小さな横丁を抜けて、坂上に黒塀が続く石畳の路地を帰ったっけ。そう、子供時代のボクはまだ花街の風情が残る坂の街に暮らしていたのだ。

閑話休題。そんなボクも今ではすっかり郊外の人となって‥

東京都から見て川の先にあるから川崎、その川沿いの多摩丘陵入口の低地に位置するのが登戸地区。南武線と小田急線が交差するこの地区では現在、区画整理事業に伴う槌音が聞こえている。工場群が立地する地区の再開発と異なり、地権者の多いこの地区が槌音を聞くまでには随分と長い期間(と費用‥)が必要だったようで、ようやく日の目を見たというところか。

高架を走る電車の窓外に見える様子が日々変わっていく。以前のボクだったら、街の変化を見逃すまいと目を凝らしただろう。誰が建てるのか、新しく何が出来るのか‥。でも今はあまり熱心ではない。それよりも逆に何が無くなってしまうのか、何は残るのか、そんなことの方が気になるくらいで。

この街の古くからあった小径には、店主の背後に酒樽が鎮座する酒場があった。其処では酒と言えば確かその銘柄だけで、その樽から枡に取ってもらう。杉の清々しい香り漂う枡酒は正月でなくとも華やかで、ボクにとっては少しだけ特別な店だったのだが、ある時に年季を感じさせたその店は区画整理に伴い跡形もなく姿を消してしまった。(その後、組合側が用意するプレハブなどで営業をしているのかもしれないが、ボクは知らない‥)

ここ登戸でも、タワーマンションに下層商業店舗という開発が幾つか予定されているようだけれど、広い区画整理エリアだからそんなのばかりではない。よく言えば個性豊か、別の言い方をすると何の統一感もなくあちこちに小さな建物が(駅裏に一軒家も!)建ち始めている。でもそれが良いではないか。もちろん大資本が面単位で行う大規模開発も悪くはないけれど、なんていうかスキマみたいなモノもね‥。

オーナー兼店主が店を切り盛りしているであろう小さな飲食店が、ちらほら小さな賃貸ビルに出現している。すべてが順風満帆に行くわけではないだろうけれど、そんな中から新しいこの街に根付いていく店が現れるのだろう(樽酒はないかな?)。

新しき酒は新しき革袋にいれよ、ならぬ、新しき店よ新しき街に出でよ。ナンチャッテ‥(旧い店は戻って来なさんな、とはいわない‥)

一方で、新しい店が次々と入ってくる旧い街も良いもの。旧い街が新しい店の熟成を促し、逆に街の細胞も(新店を迎えて)生き生きと活きてくる。

まさにボクが育った都心の街がそう。一見すると古い革袋(お寺さんや石畳は変わらないからね‥)だが、新しい酒を入れ続けているうちに、古い革袋は漏れるどころかすっかり強靭な細胞に入れ替わっているようだ

今は出掛ける機会もすっかり減ったけれど、いつ行っても新しい店が一見旧そうな佇まいの街に馴染んでいる。個人店(のように見える店)が多い街はボクにとって、居心地が良く、風が通り抜ける街。さらに言うと、裏路地に猫がいる街も(笑)

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