正月は矢の如し

by Studio Ghibli

街はすぐに日常の風景に戻ってしまいました。松の内どころか三が日でさえも、どこかせわしなく、正月らしい気分に浸り切っていられないのは、きっと僕だけではないでしょう。

晴れやかな気分でのんびり過ごす正月‥。そんな風景は遠い記憶やCMの中にはあるけれど、現実にはどこにある? そりゃぁ、年末から高級旅館に移動して新年を迎え、ちょいと近くの神社に参拝(箱根駅伝を沿道で応援する?)‥そんな過ごし方なら浮世を忘れて正月を満喫できるかもしれませんが‥。それが無理なら、相変わらず賑やかなテレビ番組の中に没入するとか‥ハハハ。

そもそも現代正月の風情を支えているのは、その間も休みなく働く人たちであるし、今年はさらに過酷な環境で勤務を続けたひともいる。記憶のなかにある旧き良き正月の風景は、どんどん姿を変えていくのでしょう、というか既にないのかもしれません。

盆暮れ正月、君もあなたも私も僕も一斉休暇。そんな長らく続いた慣習の始まりがどこにあるのか、農村の骨休めかそれとも奉公人の帰省なのか、ボクは知りません。けれど、どちらにしても国じゅう一斉にお休み、街から人が消えてシーンとする‥なんてこと、多分ないでしょう。

一斉休暇だった当時はみんな一緒に休みだったからこそ、安心して(半強制的に、且つ、年に二度だけ)のんびりと寛ぐことが出来たのだろうけれど‥。逆に今は、何処かで何かが動いている、そんな気がして落ち着きません‥。

(半強制的には)のんびりとさせてくれない時代。そんな今だからこそ、盆暮れ正月という世間の時間軸とは無関係に、「小さなのんびり」を自分でつくらないと‥笑。つまり、毎日の暮らしのなかにこそ、いつでもほっと落ち着ける環境をつくっておきたいということ。

そのために、自分の還る場所、心地よい居場所を、小さくても(いや却って小さい方が‥)良い、どこかに確保したいものです。

そこはやっぱり、自分の家がいい。例えば今の住まいにNewコーナー、アームチェアと好きなモノを置いてみる。それとも(無理のない)古くて小さな住戸を購入して、自分のワールドを創ってみるとか!(小さい方がワールド、ツクリヤスイデスネ)

街なかにお気に入りの場所をつくるのも、モチロン楽しいこと。でも、自分の住まいに集中して注ぐエネルギーは、きっと無駄にはならないはず。

え、なんですか?

「そんなの当たり前でしょ、ずっとそうしてきているもの‥。今年は家買って、つくるわよ!」ですか‥。そうですよね、釈迦に説法でしたね(笑)、失礼しました。

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