風の時代に

二世紀あまり続いた「地の時代」から、今まさに「風の時代」に切り替わるのだそうです。フムフム‥。それは、星模様についての話。星読みライターの石井ゆかりさんという方が書いておられました。

「地」が象徴するのは「物質的な事柄、所有と獲得、資本主義、そして地縁、血縁」。それに対して「風」は「コミュニケーションや関わり、知、情報、論理、テクノロジー、そして出逢い、友情、ネットワーク」なのだそうです。

たしかに、長きに亘り地縁(と血縁も?)の中に生きてきた我々の社会。ここ数十年で徐々に変化し、(良きにつけ悪しきにつけ)その呪縛から解かれてきました。それは、地から風への離陸準備なのでしょうか。これまでと違う形の自由を獲得して謳歌する代わりに、新たな孤独や制度の崩壊などに向き合いながら、ここまで来ました。

同じく時代の変化を表現する言葉として、(もう少しミクロな話ですが)「所有から共有へ」や「モノ消費からコト消費へ」というのもよく聞きます。これも「地から風へ」に符合する変化なのかもしれません。

そんな流れのなかで、ここ数十年当たり前だった「家を買うこと」は、どこに位置するのでしょう。読んで字のごとく、持ち家は「地の時代」の産物である「所有」する「モノ(消費)」なのでしょうか‥。

確かに持ち家は所有物、でもモノ消費とは違う気が‥。つまり、(家を資産としてでなく)心地よい暮らしを整える目的で所有することは「所有するからこそできる、究極のコト消費」だということ。自分の空間に注ぐエネルギーは、霧散したり無駄になることがありません。「コト消費」と称して各産業が販売促進する、例えば旅や経験などと比べても、「コトの濃度」は勝るとも劣らないと思うのですが如何でしょうか。

というか、そもそも「モノ消費」は前時代的と見られるけれど、単にモノを買って満足していたわけではないでしょう。モノが持つ文化やストーリーこそが買われた場合も多いはず。逆に今、所有から利用へと分類される物品(モノ)には、思い入れを込めるストーリーが希薄になったことも原因ではないかと思います。だって大量生産、大量消費。もはや「モノなんて」別に有難いものでないのでしょうから‥。

…話が逸れました。この先、世の変化はますます加速するのでしょう。でも長い「地の時代」に成熟した文化やそれを愛でる暮らしは消えることはないでしょう。「時代が変わる」と言われる今だからこそ、浮足立たずに落ち着かないといけませんね‥。

所詮人生は旅であるし、世界も随分と狭くなった。そんな世の中でも、旅の拠点となる港、つまり拠り所となる自らの住まいを整えておきたいものです。

但し、これから始まる風の時代。うんざりするほど人が密集する都市部などからは距離をおいて軽やかに暮らすことが、二世紀を跨いだ今となって再び現実的になってきたのかもしれません。

Facebooktwittermail