思い込みを捨てて街に出よう

墨色と漆喰の白。アンダルシア、強い日差しを避けた静謐な室内。そんな感じ、どうでしょう。

写真右側の茶色い箱は何でしょう?

ここはどう見ても玄関なんだから。箱って言えば、靴箱に決まってるだろう。

そうです、その通り。靴箱”風”です。これは和家具のアンティークなのですが、ちょっと洋風です。靴箱として生まれてきたものではなさそうです。アンティークといえばデンマークなどが本場。でもそんなにお金かけなくても、肩の力を抜いて探してみてもいいかもしれません。

おっと。言いたかったのは「本場デンマーク→→和家具」というベクトルではなくて、「住宅建材メーカーの”靴箱という商品”→→靴が入れば箱はなんでも良い」という気づきのことです。

靴箱に限りませんね。間取りしかり。

知らず知らずに思い込んでいることって多いのでしょう。思い込みをなくして、心を遊ばせて選択肢を広げてみる。するとちょっと面白いことが生まれて、フツーに見えていた家が、実は楽しい家だと気付いたりするかもしれません。

そんなの知りません

昔むかし、あるところに著名な住宅評論家がいました。「ところでイケダさん、この住戸の収納率は何%ですか?」

「はい、私のところでは算出しておりません!」

後日、収納率を答えられない担当者がいる、と記事にしていただきましたとさ。めでたし、めでたし。

”収納率”は、当時この評論家先生がマンション評価の際、盛んに使用した指標のひとつ。要するに専有面積に対する収納面積の割合です。指標にするのは勝手だけど、押し付けないでほしいな。

収納無しの大部屋だっていいじゃないか!それとも主寝室3帖にクロゼット5帖なんてどうだ、収納率だけはいいゾ! ‥‥なんて。悪態ついて放置していた矢先の出来事でした。子供っぽいハナシです、今思えば。

特に大部分の新築(ファミリー)マンションは外観も間取りも似ていて、立地と価格だけの勝負になってしまうから、収納率みたいな指標もあるといいんでしょうけれど。でもなんだか、益々ツマラナイ感じ。どんどんマンションが面白くないものに見えてくるわ。

でも僕たちは知っている。数字にとらわれない、楽しいマンション選びがあることを!お得もいいけど、心地もね。

ちなみに、今も収納率なるものが営業現場で使われているかは知りません。もう先生も居られないし、僕も新築には興味がないし。

そしてもっと言うと。どこwhereに住むかも大事だが、どのようにhow暮らすのかがもっと大事、ですものね!

あきらめが肝心

僕が無垢材の床を好きなのは、よく傷が付くから。‥‥変な理由ですよね。

杉は床材の中でも特に柔らかいので、すぐに傷が付く。すると最初は、あぁーーっ!と落ち込む。また傷が付き、そして傷だらけになり、もういいやと諦める。その頃には傷跡が落ち着き、馴染んで味になることに気づく。

要は、工業製品のピカピカ新品状態をキープしようとしていた自分を諦めることができる訳です。建材メーカーのフローリングは購入時のキレイさを失わない。だけど一度傷が付くと下地が出てきて悲しい状態になってしまう。つまり経年変化という概念があまりないのです。

よく言われることだけれど、住宅用建材の多くは新品が一番いい状態で、あとは劣化していく。経年変化でなく経年劣化なのです。

杉の床は時間の経過を楽しむことができます。家って、時間と共に愛着がわくんだ、と気付くきっかけをくれます。ゆったりとした有機的な時間、そんなものを改めて教えてくれるような気がします。

オーク材など堅い木も同じです。敢えて傷をつけるビンテージ加工があるくらいですから。まるでジーンズみたい。杉よりも堅い分、あぁーーっ!という叫び声を聞くことが少なくて、家が穏やかでいいかもしれません。


どこに木を使うか

中央に棚板二枚、左右は引戸。実は二枚とも同じ引戸です。木製可動ルーバーが組込まれ、一枚回すと全て同時にピタリと閉じる。羽根一枚一枚が無垢材です。

壁の向こう側は元・和室。以前は窓側左半分が壁で、右半分が引違いの襖(ふすま)でした。分譲マンションでもっとポピュラーと言える間取り。リビングダイニングと和室が並ぶ3LDKです。

つまり、「ご家族4人でしたら、当初は皆さん和室で川の字に寝られます。お子さんの成長に合わせて玄関側2室を与えて、和室をご夫婦の寝室に。その後、お子さんが巣立ったら洋室が戻ってきます。」という感じ。‥‥うーむ。

ではあるものの、このマンション自体は低層2戸1階段タイプで、独立した玄関ポーチがあります。全体の計画はいい感じです。窓外には樹々が茂り、山荘に居るよう。

管理規約でフローリング禁止。それならばとグレーのウールカーペットを敷き込みました。ウール100%の良さは別稿に譲りますが、濃茶色の木製建具と漆喰壁を合わせるとグッと大人びた山荘の趣きです。栗無垢材の厚い棚板も存在感あり。販売するリフォーム済マンションだったのですが、ちょっとやり過ぎました。

この住戸のミソは、中央に造作したTV台兼用の壁。和室を背にしてTV、そして反対の壁にソファを置く。するとスッキリ収まります。従前の間取りでは、TVかソファが襖と干渉する、もしくは配置を90度回転させても窓に掛かります。なんとなくビシッとしないリビング和室タイプのレイアウトを、なんとかしたいという試みでした。

まぁ、ここは鳥の声で目覚める素敵な環境なので、TV無くてもいいかな〜、なんて思いましたが! そういう訳にもいきませんよね。

土に近いところ

収穫のお手伝い@市民農園、写真は枝豆です。帰宅したら早速に茹でるのが良し。まだ陽は森の上にあるけれど、枝豆が湯気を上げたら冷たいビール。華奢な薄吹きのグラスに注げば、誰もいない料理屋に一番乗りの気分。なんて‥。我ながら安上がりなこと。

この市民農園、僕がマンションを手掛けるエリアではよく見かけます。JA(農協)が地主さんの土地で手掛けている場合が多く、比較的安価で借りることができて人気です。

一方、最近は民間企業の進出も盛んですね。遊休地を借り上げて貸農園として運営する事業です。それらの農園は、農具が揃いアドバイスも貰えるらしいので気軽にスタートできるのがいいですね。まぁ、その分料金はJA系の10倍以上するようですが。

この季節の農園は、青々とした葉がモリモリ。見分けがつかない豆の葉も、そら豆、絹サヤ、モロッコ隠元?そして枝豆、次第にわかってくるからいとをかし。

サラッと手を入れたリフォーム住戸と農園のある暮らし。いい相性だと思います。気取らず、いい風が吹いている感じ。農園が少し遠い?それでしたら下駄履きのような、ちょっとやれた軽自動車はどうですか。出来れば、農具や肥料も自前の方の農園でね。

そういえば、あの”風の男”白洲次郎夫妻が、武相荘を構えて農的暮らしをしていたのはこの地域、蔵と模のあいだの地でした。当時の鶴川村とは比べるべくもありませんが、土に近い暮らしはここに今も少しだけ残っている気がします。

辛口の現実と夢

辛口の現実を知ると、大人はもう一度夢を見る

なぜか覚えていたこのフレーズ、30年前の自動車広告の一文(たしかこんな感じでした)です。MAZDAサバンナRX-7というスポーツカー。搭載するロータリーエンジンは、各社が実用化を諦めるなかでマツダだけが磨き続けた特殊な回転運動型エンジンでした。このフレーズに違わずマツダ自体も厳しい現実に直面し続けていますが、夢を手離さず持ち続けている会社だと感じます。

スポーツカーに乗るオトナが見る夢、とはちょっとキザでビミョーです。しかし、家についてもこのフレーズは、そのとおり!と思います。

昔に思い描いたような暮らしとは無縁だけれど、今は日常の小さなことが嬉しいと思える。小さな家は少し古くて小さいけれど、きちんと手入れをして、味わいが深まっていく。そんな光と風が抜ける家には、小さな夢があるのではないでしょうか。

僕は、手頃でちょっと楽しい住戸づくりに携わっています。手触り感のある素材を多用します。つくり込み過ぎず、詰め込み過ぎず。設備機器もふつうのものばかり‥。そんな家(マンション)にとても親しみを感じています。

簡素なものに宿る心地のよさは、モノに溢れる現代暮らしのなかでは感じ難くなっています。でも、よく目を凝らし耳を澄ませば、暮らしのなかに何かを見出すことは難しくないですよね。そんな暮らしの土台になれるような家を提案していきたいと考えています。

エレベーターがない

緑濃き広大な敷地に建つこの建物こそが、エレ無しの代表格!

最近、エレベーター(EV)ボタンを指の腹で押さず、指の外側を使うことが推奨されています。それどころか、足で床のボタンを押すという海外映像もありました。世間は非接触にシフトです。

かといって、密室でもあるEVを使わないという選択は高層マンションでは難しい‥‥

でもそもそもEVが無ければ階段を使うしかなく、非接触で非密室。3~5階建ての中低層住宅なら可能ですね。EVが不要なので、以前書いた「2戸1階段」型も多いので、リフォーム次第で光と風の抜ける気持ちの良い間取りになります。

EVが無く2戸1階段、の代表格といえば昭和40年代から50年代前半に建築された団地ですね。その広大な敷地を航空写真でみると、戸建てやマンション群が密集した周囲と一線を画す別世界。まるで建物が点在する森のようです。

そのなかでも「エレ無し5階」と呼ばれ、敬遠されがちな最上階。価格は低層階に比べかなりこなれています。そこを逆手に取ってみるのも、確信犯的にはアリだと思います。これをリフォームでサラッと仕上げると良し。旧公団の分譲団地の場合、敷地持分も大きく土地という観点からの資産性が高い場合も多い。持分は5階も1階も変わりませんからね。

団地だけではありませんので、最後にひとつ。マンションのなかには、あえてEVを設置しないことで優れたプランと維持の経済性を両立させた素敵な低層3階建もあります。閑静な住宅地の大きな敷地に、戸建住宅群ではなく集合住宅が設計された時代があったのです。そのことはまた改めて触れるつもりです。

書斎ほしい

自宅で過ごす時間が増えています。仕事場所の確保も悩みどころです。今回は、僕が手掛けたリフォーム済マンションの事例をひとつ。

緩やかな起伏のある敷地内に、3階建の住棟が並ぶ低層マンションです。敷地内の樹々が目に飛び込んでくるのは、低層住宅ならではの豊かさです。

このコーナーは押入れを活用した書斎風スペース。和室のモジュールを活かしたままリフォームしています。ですので、「ピカピカの洋風」ではなく「シブい洋間風」が似合うかと。ちょっとクラシカルな感じです。木部は濃茶色の塗装としました。

シンプルなつくりです。そのままでも使えるし、いろいろ追加してもよし。装飾を兼ねた壁付照明と電源類は新たに設置しました。

購入者の決まっていない住戸をリフォームしていくので、頃合いが難しいです。やりすぎはいけませんね、ちょっとだけ楽しい住戸となるように心掛けています。自分で一からやる時間や気合は無いけれど、既製品よりちょっといい感じだといいナという方。そんな方をイメージしています。

でも、ついついやり過ぎてしまうことも‥‥。いつも自分が住みたい部屋をつくっているので。

風景になる建物

緩やかな傾斜地に豊かな表情を見せる低層住宅

よくある特集「あなたはマンション派?、それとも戸建て派?」

雑誌やWEB上で見かけますね。それぞれの長所短所を列挙しているので参考にはなります。ただ、どうしても最大公約数の一般論になる。

気になる意見で「マンションは四角い箱の画一的間取りでつまらない」というものがあります。…確かにそう。でも、モット・面白イコト・アルヨとも思うので残念。だって、僕が飽きずにマンションだけを扱っているのは、つまらなくないからです。次に理由のひとつを挙げます。

理由のひとつ。時代背景、敷地条件、設計者、チャレンジする開発業者などの要件が整って出来たと思われる、オッと思う素敵なマンションストックに出会うことがあるから。僕はマンションの開発事業に長く携わってきたので、そのレアさを実感します。

そんなマンションは、街の風景として楽しい、敷地を歩いて楽しい、室内で暮らして楽しい。集合住宅だからこそ可能な、豊かな空間に出会うことがあります。そんな物件を暮らしやすくリフォームしたら、もっと楽しくなるでしょ?

学生時代の僕が初めて飛んだのはモロッコ。アトラス越えてサハラへ、地中海を渡りスペイン、イタリアへと続きます。あちらは集まって住む(集住)ことの歴史が長い国々。その街と建物が楽しい。だから僕の旅は、観光せずに街を歩いて空気(酒?)を吸う旅です。立場こそ変われ、ずっと集合住宅に関わり続けているのは、その頃感じた光と風がまだ自分のどこかに残っているからかも知れません。

2戸1階段(ニコイチ・カイダン)

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樹々の手前は大きな公園です、いいでしょ

「2戸1階段」をご存知でしょうか。「隣り合った2住戸ごと」に「1つの階段室」があるという意味。マンションのつくりを表現する用語です。

上の写真は、2戸1階段を採用するマンションを北側から撮影したものです。公園の樹々に遮られて見えにくいのですが、住戸に挟まれた階段室が2戸おきに並び、よく見かける開放廊下がありません。そのため建物にも”裏側感”がなく、すっきりとしています。

開放廊下型か2戸1型か、それとも屋内廊下型か。住戸へのアクセス形式は事業上の判断があって決定していくもので、単体で優劣を語ることはできません。しかし明らかなのは、2戸1型は「主採光バルコニー面だけでなく反対側も完全に開口している。人が目の前を通る開放廊下がなく、面格子もない」ということです。

このことは、僕のマンション選びにおいてかなり重要です。すなわち、あとで変えることのできない基本構造の段階で、光と風が抜ける開放的な住戸をつくれるかどうか、ある程度まで決まってしまうからです。

もちろんその後も、室内の構造壁、動かせない水廻りや配管スペースなど多岐に亘る事項を検討していくことになります。

都心では別かも知れませんが、郊外で緑豊かな空間を味わうのであれば、設備機器や内装を考えるその前に、光や風の通り道について思いを巡らせてみたいものです。

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